妄想R
狐擬人化?のオリキャラ稲屋の痛い過去妄想がふよふよしたのでメモ。
怪我をして、痩せっぽっちだった野狐の俺を拾ったのは稲屋だった。
稲屋は武将の跡継ぎのクセに、ちっとも真面目に鍛えず働かず、日がな俺の頭を撫でたりちっとも成果のない釣りをしたり。穀潰しって言葉がピッタリのどうしようもない奴。
だけど奴からは日だまりみたいにほかほかで、ちょっと甘い匂いがして嫌いじゃなかった。俺が気まぐれに腕に鼻先を押しつけると、嬉しそうに抱き上げて、他の奴らには語らない色んなことを狐の俺に語ってみせた。
ある朝、俺の後ろ足に巻いた包帯を解き、すっかり怪我が治っているのを確認すると、稲屋は「山に帰りな」と紅葉が真っ赤な山を見やった。
稲屋の國に戦禍が近づいているのは、稲屋が俺だけに向ける言葉で知っていた。屋敷の外に広がる田畑が戦場になるのを、そこに暮らす領民が犠牲なるのを稲屋は案じていた。
「明日、出立する。ここ守るためにはその前で食い止めないと」
俺の頭を撫でる稲屋の手は、いつものように暖かいのに、ちょっと震えていて、双眸は真っ直ぐに俺の知らないずっと向こうを見ていた。
「狐。お前に名前をやろう」
名前なんていらない。そんな物、己を縛るだけだ。
「稲屋。俺と同じ名だ。お前は俺の分まで、ずっと生きろ。」
名前なんていらない。そんな物に縛られたくない。俺は山を目指して駆けた。全身にぶつかるすすきを掻き分け、ずっと山の深くを目指した。
以来、稲屋には逢っていない。
時が経つと、俺は自分がただの野狐ではなくなっていることに気付いた。
他の仲間達にように老いて死ぬことがなく、人間に化けられるようになっていた。
これは名前の……稲屋の呪いだ。奴が俺に名前などつけるから、俺は俺でなくなった。
俺は山を下り、人里にまぎれ、人間を化かすようになった。老若男女問わずただ化かすことを楽しんで己の焦燥感を喪失感を埋めた。−−あの人に逢うまで。
「その人間が好きだったんですね」
俺を縛ったあんな奴、大嫌いだ。
「今でも、好きなんですね」
だから、嫌いだって!
「稲屋。良い名前です。名は体を表す。その人が望んだように、君はこの人里が豊に栄え、行く年も田畑が黄金色に染まるのを愛してきた」
ふと、甘い香りがした気がして振り返った。そこにちっとも釣れない釣り糸を垂らしながら、俺の頭を撫でる奴の笑顔を見たきがした。