サイドステップ

 右にステップ
 左にステップ


 それを繰り返すこと、数分。


 その日私は近所のスーパーの中にあるマックのカウンターでぼんやりとコーヒーを飲んでいた。 通路を挟んだ視界の先には2月14日の爛れたイベントに向けたちょこれいとのコーナー。
 渋めの包装紙に包まれ煌びやかなリボンに包まれた、純朴な男子を籠絡するための汚れたアイテムが所狭しと並んでいる。こちらに向かっては「手作りチョコで差を付けちゃおう♪」などと、無駄に乙女の闘争心をあおるポップが打ち付けられた、平素は100円で売られている板チョコレート数種がコンビニの雑誌コーナーのような台に何百個とチョモランマ、それともナイアガラの滝かと見まごうばかりに並べられて、銀色のハート形風船が脇を固めている。 ちょっとお得な価格設定が姑息だ。
 が、……私には関係ない。
 そんな魑魅魍魎はびこるお菓子メーカーの策略と断固と戦う、醒めた呈を装う私の視界に小学生らしきちょっとメタボ気味の男子が飛び込んできた。 彼は1個800〜1000円のラッピングされたチョコではなく、今にも襲いかかってきそうな板チョコレートの群れの前に立つと両手を後ろで組み、それは嬉しそうにサイドステップを踏み始めた。
 彼の脳内でどんな妄想が繰り広げられているかは想像しがたい。むしろ想像したくない。


 右にステップ
 左にステップ


 暫しその様子を観察したが、あいにくコーヒーがカラになったのでその場を離れた。
 14日に彼がチョコレートをゲット出来るかどうかは知ったことではないが、一言いいたい。
 少年よ、その程度の運動(サイドステップ)では、その板チョコ1枚分のカロリー消費にもならないぞ。油断するな。